亀山めぐり唄

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H29,7,31(日)  今日も「 生演奏・生コーラス 」の感動を頂きました。

 今までは、大ホールでしか観ることができなかった「 エコ・ソアーベ 」チームが、今回は文化会館内中央コミュ二ティーホールという観客と演者(歌い手)が近い距離で、「気楽なコンサート」というものを、行なって下さいました。

 第二部では、観客全員参加の形で「エコ・ソアーベの練習の再現」と称して、発声練習から始まり、二重奏曲を練習しながら、最後に全員で仕上げると云う企画。

 第三部では、抽選を交えて、リクエスト曲を会場の全員で歌うと云うもので、非常に良かったです。

 感動しました。

 

 余談ですが、「 亀山めぐり唄 」の普及に、大変お力添えくださっている方も、この中に、お二人おられます。

 お一人は、「 亀山めぐり唄 」の踊りをいろいろなイベントで踊って下さっている「 亀山商工会議所女性部 」の部長であり、このチームのリーダーの方。

 もう一人は、深津俊子先生と、「 踊り手本 」で一緒に踊って下さっている方

 このお二人が、「 エコ・ソアーベ 」で、仲間同士であることを今日初めて知り、心強く感じました。

 小生も、頑張るぞ!

 

 

 

 H28,7,27(水)

 

奮発して購入しました

 

目的

・スピーカーとして使う。

・リズム音を発する楽器として使う。

 

 いろいろな機能が備わっていますが、小生としては上記2つの目的で購入しました。

 

 そして、小生としての新発見がありました。

 音楽に詳しい方なら、基本的な常識の範囲内のことかも知れませんが・・・。

 

   8 BEATの「ドドンパ 」リズムと、日本古来の祭囃子の「トトンがトン 」は、まったく同じリズムであるという事を、発見しました。

  

 今後は、このリズム乗せて、太鼓演奏( 又は手拍子 )・歌(含む掛声)・踊りにて、「 亀山めぐり唄 」の普及を図っていく方針です

 

 

 

 

H28,7,27(水)

 

 同窓会に参加された、豊田市にお住まいの同級生から「 暑中見舞い 」を頂きました。

 

 「 アルバム 」と「 メッセージ集 」に、お褒めの言葉を頂き、励まされました。

 

 ありがとうございます。

 

 

 

 

 

H28,7,23(土) 

  太岡寺町、落針公民館の 「 井戸端会議  お楽しみ会 」に招かれました。 

 同地区、月一回の寄り会いで、今日は「 鈴鹿馬子唄 」チームと「 亀山めぐり唄 」

チームが招かれて、演技を披露しました。

 「 亀山めぐり唄 」は、作ってから4年目ですが、「 鈴鹿馬子唄 」は街道の峠道の難所を、馬で運搬する時の唄ですから、いつからかは判りませんが、200年以上前のことが、歌の文句に入っており、今日まで脈々と歌い継がれてきたと云うことです。

 その「 正調・鈴鹿馬子唄 」を継承保存しておられるチームと一緒に、お招きをいただきました。

 「 亀山めぐり唄 」の歌詞は能褒野神社を出発し、鈴鹿峠に至るまでを織り込んでおります。

 その鈴鹿峠の馬子唄(亀山市の無形民俗文化財指定)を歌うチームの前座を務めることができ、これほど光栄なことはありませんでした。

 

 そして、勉強になったのは、伴奏の楽器は「 鈴 」のみで、実にシンプルなことです。( シンプル・イズ・ベストを実践しておられます )

 シンプルの良いところは、何時でも、何処でも歌えます。

 節回しは練習を積まなければなりませんが、リズムも音域(キー)もその人の好きなように歌えます。( そして、それが実に味のある和音となっています )

 

 これが、脈々と歌い継がれてきた理由のように思います。

 

 「 亀山めぐり唄 」手拍子や、掛け声( 囃子言葉 )のみで何時でも・何処でも歌ったり、踊ったりできる歌にすることが、基本目標でしたので、今後はそれに近付ける努力をしてまいります。

 メロディーをマスターすることが出来た今、舞台の上でも、リズム楽器と踊り手のためのポイント音で歌えば、CDとのテンポのずれや、機械器具の不具合の心配、そして、ボリュームや、キーの調整等も気にしないで、伴奏・歌い手・踊り手が阿吽の呼吸で演じることができます。

 

 CDの音は、ボリュームを上げることに限界があり、太鼓の音には負けます。

 そのため、その音が歌い手や、演奏者に聞こえず、テンポにズレが生じて、結局はCDの音が演奏の邪魔になってくるのです。

 CDは、イベントの雰囲気を盛り上げるためのBGMとしての役割があります。

 使い分けをしてまいります。

 

 舞台演奏では、機械器具に頼らないシンプルな生演奏の方が観ている人に感動を与えられることを、「 めんめんフェスタ 」「 井戸端会議、お楽しみ会 」と、2回連続で思い知らされたのです。

 

 

H28,6,25(土)「 福祉のめんめんフェスタ 2016 」行われました。

 なぜ「 福祉 」かと言えば、人間100%完璧な人はおりません。

 どこかに、他人より劣る所があります。

 ・体 ・心 ・家庭環境 ・それに伴う生き方等など、自分が望んでそうなったのではなく、仕方なくそうなってしまったのが現実です。

 その現実を、クヨクヨして生きていくのが正しいのか?

   他人より劣る所があれば、逆に優れたところもあり、その人なればこそ出来る。その人でなければ出来ないというところもあるわけです。

 

 そのように、ハンデイの有る人も無い人も、面と面、すなわち「 顔と顔・人( Menと人( Menの出会いの場を作り、物的なバリアだけではなく、心のバリアを無くしていこう 」という、催しなのです。

 

 昨年のフェスタ終了後、すぐに次のフェスタへ向けて準備会議が始まり、そして、今日無事終了しました。

 小生も実行委員の末席を けがし、微力を捧げました。

 ステージには、新規結成された「和太鼓 まほろば 」チームが「的場 凛」先生の御指導を受けて、本日のトップバッターで出演、演奏しました。

 曲目は「花笠音頭」と「亀山めぐり唄」で、踊りは「ひばりグループ」、歌い手は小生と佐熊つる子さんお囃子はミユキッズで、太鼓演奏に花を添える段取りで、何度も練習を重ねてきました。

 

 しかし、本番演奏中にカラオケCDの音源」が、音飛び現象( 音が途切れるだけではなく、1小節~2小節先に行ってしまう現象 )をおこし、歌えなくなり、花を添えるどころか、太鼓チーム踊りチームの邪魔をした結果となりました。

 

 演奏中、見るに見かねた凛先生が、音源を止めるよう指示して、鐘によるリズム取りをして、助けて下さいました。

 しかし小生は、最初に音が飛んでからの心の動揺で、不本意な歌の出来栄えでした

 練習の時にも音が飛びましたが、太鼓の音の振動によるものと判断して、音源のラジカセ位置を変えて飛ばないようにしました。

 前日の大ホールリハーサルでも飛びましたが、ステージ音響装置担当が「CDセットホルダー」を変えたところ、飛ばなくなったので、大丈夫と思っていたわけです。

 

 今にして思えばカセットテープを使えば良かったなぁ」反省しております。

 音響装置の担当は「機械内の湿度が始めのうちは高くて、CD表面に結露( クモリ )が生じて飛んだものと思っている」と言っていました。

 しかし、小生は今でも、太鼓の音の振動で音が飛んだ・・・・・と思っています。

 

 リハーサルの時に、後半は良かったので、安心したのが、失敗の原因です。

 「 悪い現象が出た時は、それが 1 万回に 1回であっても、その原因を究明し、二度と現象が出ない方策を取る 」と云うのが、小生のJR時代に植えつけられた基本です。

 昔から「 万が一 」という言葉があります。

 この基本を忘れていました。

 そのため、一番大事な時に失敗が起きたのです。

  小生の無念さが表情に出ています。

 

 出していないつもりが、出ていました 。

 

 音が飛ぶため、凛先生が見るに見かねて、音源を止めるよう指示を出し、鐘をたたいて「リズム取り」をして、助けて下さいました。

 

  文明の利器には、便利さの裏に潜む、「ぜい弱さ」があります。

 

 純粋の太鼓演奏には、それに頼らない、「力強さ」があります。

 

 今回、多くのグループが太鼓演奏をしてくださいました。

そして「音」「声」「動き」というもので、人間が本来持っている根本的な力強さと、統制の取れた集団の美しさを、おおいに思い知らせてくれたのです。

 

 

 

 H28,6,20(月)

 「 まちかど博物館 」 金魚の館 へ行ってきました。

   同窓会の反省会、兼アルバム編集委員会を開き、印刷前の検閲を受け、その後「まちかど博物館金魚の館」へ行きました。

 

  編集委員会では「 古希 」「 古稀 」かで、議論があった以外は、特に問題になったところは無く合格しました。

 ドキュメンタリー風に仕上げたかったので、欠かせない場面があり、それをカットしてしまうと、ソッケも無いアルバムになってしまいます。

 名誉を傷つけるものはいけませんが、その場の臨場感を画面に表わし、同窓会をもう一度楽しめるようなアルバムとし、参加できなかった方にも参加したような気分を味わっていただけるよう心がけました。

 幹事の苦労も、少しずつ取り入れました。

( 取り入れすぎの感が、ないわけでもありませんが )

 同級生なればこそ、大目に見て頂けるものと思っています。

 

 会議が終わってから、「 まちかど博物館 の 金魚の館 へ行こう 」ということになりました。

 金魚の館のオーナーは同級生でありますが、幹事5人中3人が「 まだ行ったことない 」と言うので、行くことにしました。

 そしたら、なんとなんと、新築間もない木製の館が、そこにありました。

 

 以前は住居の南側の一部屋を使っておられましたが独立した一棟を作られたのです。   

 

300種類1000点を超える金魚のグッズが有るとのことです。

 全部展示せず、時々入れ替え、模様替えをするそうです。

 金魚関連のものが「これほどもあったのか」

         「これほども良く集めたなぁ」と驚きの連続です。

 関心のある方、詳しくは「鈴鹿亀山まちかど博物館」検索してご覧ください。

 夏休みなどに、訪れてみては、いかがでしょうか。

 金魚をデザイン化する創造力とその技術に感心させられ、また、ほのぼのとした作品もあり、心をなごませてくれます。

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H28,6,19(日) 亀山花ショウブ園へ行ってきました。

 小雨ぱらつく朝、先週日曜日は「花しょうぶ  まつり」でしたが、アルバム作りで忙しく、行けなかったので、もしまだ花が残っていたら・・・・と、淡い希望でカメラを持って出かけました。

  

 車を降りたら、甘い香りが漂っていました。

 ♪ くちなしの花の~ 花の香りが~ ♪ 

そして、ひと気のない公園で、思う存分写真を撮らせてもらいました

 

「郷土の季節の写真」ページにも載せました。

 

 H28,6,16(木)

同窓会アルバム編集完了

 

6月8日に行なった同窓会のカメラ係りを小生が担当し、アルバムとして、編集しました。

 

 20日に幹事一同集まり、反省会兼編集委員会を開き、これでよければ、印刷注文を致します。

  

 

下は、1ページ目

「 御挨拶 」

 

 

 「 別冊 」として これも、要望に答えて作りました。

 

 同窓生261名中他界等で、奇しくも61名には、「 出欠調査はがき 」 を出していません。

  

   200枚中、166枚の返信があり、近況報告等を書いて下さった方は、84名でした。

 

   活字に直しては値打ちが無くなりますので、コピーで作りました。

  

 

自筆文字は、人柄や人生経験、健康状態などが現れます。

  

 ただし、名前までコピーするのは、自筆署名の公表になりますので、控えました。

 

 

 H28,6,6(月)

 

亀中の前の道から

「 池の側 」方面を見る

 

・中央は、NTTのアンテナ

 

・クレーンブームは・・・?

 

・のぼり旗は「 花しょうぶ祭り」用

 

 

 クレーンは、何の工事をしているのか?・・・下の写真をご覧ください。

 

「 池の側 」に掛かる橋の橋脚が、基礎から徐々に痛んできている・・・とのことで、まず仮橋を架け、今の橋を解体し、埋め立てをして、その上に道路をつける。という大工事になるとのことです。       ( 橋の向こうは「 田中病院 」 )

 

 小生、亀中では「野球部」におりましたが、当時この橋は無く「 グランド 」と「 道路 」と「 池の側 」を仕切る「 柵 」もありませんでした。

 ( グランドが道路より少し低くなっているのは、今も同じですが )

 そのため、1・2年生の時は球(たま)拾いで、「 池の側の法面 」の草の中や「 水中 」に落ちた球を拾いに行って、苦労した憶えがあります。

 当時球は貴重で、表面がつるつるになるまで使ったものでした。法面の草むらで、球を捜している時、次から次へと草むらで球を見つけた・・・という夢を見たことが、忘れられません。

 もうひとつは、道路の坂の傾斜が今より急であったため、馬車が時々登りきれずに、立ち往生するときがあり、野球部は馬車を押してあげることが、当り前のようになっていました。

 ( 馬は鞭打たれながらも「 ひづめ 」を立てて、一生懸命、坂をのぼろうとしていたのが、印象に残っています ) 

 

 池の側の埋め立て後の「法面」は、単なる「コンクリート法面」にならないように、小生としては、お願いしたいなぁ・・・・・という気持ちです。( 多門櫓との調和を考えてです )

 

 H28,6,1(水)

同窓会間近かの幹事会

 喫茶店にて

 

 暗めの店内でしたが、なぜか明るい。

 

携帯電話カメラが自動ピントを合わせづらかったようです。 

参加者が到着した時に渡す書面を作りました。

 

 H28,6,1(水) 父が亡くなってから、30年経ちました。

 思い出の一つに、「 海水浴に連れて行ってもらったこと 」があります。

 小学校に入る前の頃で、父は小生を背中に載せて、平泳ぎで泳ぎ、かなり深いところまで行って、周りで泳いでいる人を驚かせており、小生も得意げな気分で、亀に乗った浦嶋太郎のように胸を張っていたのが、忘れられない思い出です。

 

 

 H28,5,31(月)       

 

「 笹ゆりの 姿に添って ホーホケキョ 」

       

笹ゆりの かほりに 似合う( におう ) うぐいすの声 」

           

「 この容姿  守り人 いて 出会えたり

 

 H28,5,31(月)  ♪ 私の~こころは~恋~アザミ~ ♪

 

 H28,5,31     

花かと思えば、葉っぱでした。

 

H28,5,29(日)

剪定後1年と3ヶ月  元気になった銀杏の木    宗英寺の大銀杏

 

    選定時に発生した銀杏の丸太。

 軟らかくて細工のしやすい特性があります。

 南野町「宗英寺」境内に、有ります。

 ほしい人は「 ご自由にお持ち帰りください 」

 

このすごい生命力。  丸太になってから、1年と3ヶ月。  

 新芽が出てきました。

 保水能力の高さを物語っており、銀杏並木は「 火事 」を遮断すると言われています。

 植木鉢・プランターに、うってつけではないか?・・と思います

特にこの太い丸太は、多くの新芽を出しており、将来下から根が生えてくるのでは?  と思っています。

 

 

H28,5,14(土)

林家菊丸ふれあいチャリティー寄席

 

 今日、行ってきました。

   亀山市社会福祉センターでの寄席でした。

 入場料の半額を熊本地震の義援金とするとのことです。

 

 菊丸師匠の亀山中学校時代の恩師が後援会長ということです。

 その後援会長と小生3日前に、ある所で偶然出会いました。

   「亀山めぐり唄」の作曲をして下さった原正美先生と、師匠は「亀山市の文化大使」委嘱を、同時に受けられた仲間同士です。 

 菊丸師匠( 襲名前の「染弥」時代 )「 亀山文化年キックオフ 」司会進行をされた時から話の上手さは並みの落語家にはない非凡さを感じました

 そして、ご本人も言っておられたように「人柄が芸に現れる」という意味でも、落語家として生まれてきたと言っても過言ではなく、いろいろなこれまでの苦労も、その肥やしになっていると思います。

 そして、115年ぶりの大名跡「 菊丸 」を襲名され、三代目となられたのでした。

 

 後援会長のお取り計らいで、開演前に師匠と直々にお話をさせていただくことができました。3日前の出会いに、不思議なご縁を感じずにはいられません。

 

 菊丸師匠のお父さんの1つ年下の小生は、小学生時代には同じ地域の鉄道官舎の子供仲間で、よく一緒に遊んでもらいました。

 たくさんの思い出がありますが、なかでも小学校の運動会 地区対抗1年生から6年生へ順次バトンタッチ ) リレー 」で小生が「 鉄道官舎・南野村地区、3年生代表 」で出た時のこと。

 小生の前を走っていたチームが、バトンタッチにもたつき、そこへ小生がぶつかり転倒。  

 ビリになって、4年生( 師匠のお父さん )にバトンタッチ。そしたら一気に3~4人抜きで、3位にまで順位を上げてくれました。

 小生の転倒が無かったら、優勝していたかも知れなかったのです。

 チーム選手全員に泣きながら「 ごめん、ごめん 」とあやまったことが、今だに忘れることができません。

 皆んなからは小生を攻めるような言葉は全く無く、その思いやりで、さらに泣けました。

 他にもたくさんの思い出がありますが、またの機会に。

 

 「亀山めぐり唄」の普及活動をしてから4年になりますが、普及広がりが、頭打ちの状態ですので、菊丸師匠のお力を借り、スポットライトをこの歌に当てて頂くことができれば、歌の広がり イコール 亀山市のPRにもなると思っています。

 

 この想いを師匠に直々にお伝えすることができ、感謝しています。

 夢は・・・・・菊丸師匠が「亀山めぐり唄」を歌って下さることで~す。

  

 

H28,4,25(月)

吊金( つるがね )先生、完結

H27,8,25,の所で紹介しました講談社「少年マガジン」の漫画「吊金先生」は単行本第2号で完結を迎えました。

 包帯で顔を巻いた先生は、

「お金で全てが解決できる」という持論で、尽きることのないお金の出所(スポンサー)を持ち、生徒を指導し、守っていくスーパーマン先生です。

 

 小生が期待したストーリーは、吊金先生が悩み苦しみながら物事を解決し、次第に使うお金がエスカレートし、生徒に与える悪い影響により、この教育方針が行き詰まる。というものでした。

 それを作者の「 加茂ユウジ 」先生が、どのように表現してくれるのかが、非常に楽しみでした。

 完結を迎え、「大変、ご苦労様でした」と言いたいです。

 取り上げたテーマの大きさで、漫画作品としての表現に、すごく苦労があったのではないか・・・と思っています。

 漫画は完結しても「 お金と教育 」いうテーマは、小説や映画にしても、十分に見ごたえのあるものになると思われます。

 加茂ユウジ先生の奥さんのお父さんも、社会福祉士で頑張っておられます。

 以前より、いきいきとしておられます。

   元、宗英寺住職、久野様を通じてのご縁で、心安くお話ができる間柄です。

 

 応援しています。次の作品を期待しています。 

 

 ちなみに、小生が好きだった漫画家は、「 バロン吉元 」です。一人ひとりのキャラクターが、明確に描かれ、主人公の美男・美女の顔立ちが、カッコ良く、脇役の顔立ちの面白さも天下一品で、どの作品も主人公の 田舎臭さと、実直さ、そしてカッコ良さが同居し、今も心に、残っています。

 登場人物の顔立ち一人ひとりが個性的に描かれていて、面白かったです。

               

H28,4,14(木) 「市民活動応援券」

 H27年度、1年間に計480枚頂きました。ありがとうございました。 

 

 内訳は下記のとおりです。

 

H27,4,  5, 太岡寺畷桜まつり          15枚      

        6,  5, 協働センター投入箱より     34枚

    9,13, 和田地区敬老会         50枚

        9,27, 白川地区 〃            50枚

  11,20, 天神・和賀地区各個人から  40枚

H28, 3,27,   〃  観音山春祭り   50枚

    3,30, 協働センター投入箱より   241枚

                                              計    480枚             

   換金手続き書類を市役所に提出し、預金通帳に振り込んでいただく・・・という方式です。

 亀山城桜まつりは、謝礼金5,000円を頂きました。

「 亀山めぐり唄 」普及活動で使う必要経費として、ありがたく頂戴いたします。 

 

H28,4,3,(日) 

亀山城桜まつり

 今年も、出演要請を頂きました。

 曇天ながらも雨は降らずに、持ちこたえてくれました。

 今までの中で、1番多くの人が見てくれました。

 ミユキッズのメンバーが、大量に卒業を申し入れてきたので、メンバー探しをしています。