亀山めぐり唄

    ホームページ内、ブログ 最新版  H28,8~

H28,11,24(木)  10月中旬より、「 フェイス ブック 」 の仲間入りを、させて頂きました。

  小生の日頃の生活内容を、このホームページに、日記帳のように書き込んできましたが、今後 「 亀山めぐり唄 」 関連のもの以外は、「 フェイスブック 」 に、シフト変更してまいります。

 下記 URL をクリックしていただくと、そちらをご覧いただけるようにしました。なにとぞ、よろしくお願いします。

   https://www.facebook.com/profile.php?id=100013772777089

   

H28,11,6(日)   「 関宿街道まつり 」 に行ってきました。

     亀山市役所、関支所駐車場にて、いざ会場・集合場所へ。

 勇ましくて、怖いなあ(笑)  鉢巻のマークは 「 蛇の目 」  亀山の代表的殿様石川家の旗頭が 「 蛇の目 」 でした。

 隊長の渡邉さんは、「 吹き矢 」 の先生でもあり、その 「 的 」 をデザイン化してあります。

 さらにさらに、「 和太鼓まほろばチーム 」 の先生は的場凛さんですので、的を射たマークではないでしょうか(笑)。

 行列の終着点、お地蔵様の前で、歌い踊りしました。

      「タイムスリップ スリープタイム」

♪ ご馳走さまです お地蔵様 関の懐石 夢の中 

  笛や太鼓に 鐘の音と 若衆頭の掛声で 廻せ回せよ 関の山車 関の山車 ♪

 

 

 

 

H28,11,3(木)    松阪市の 「 氏郷まつり 」 に、行ってきました。

 

 行列終了後、城跡公園で記念写真を撮って頂きました。

 前列、左から、氏郷の父 「 賢氏 」 ( 松阪市、市長 )  ・ 「 氏郷 」 ( 一般公募 ) 

 ・ 氏郷の妻、信長の娘 「冬姫 」 ( 一般公募 )  

  

  小生は、修行僧のいでたちでしたが、本日の主役の氏郷役の方が、蒲生家の子孫で、お寺の住職をなさっておられるとのことで、大勢の甲冑隊の中で、ただ一人修行僧スタイルの小生に対する批判的な視線は、全くありませんでした。

 小生の映っているのは、この2枚。

 大きな太鼓をバックに、一人で写してもらうつもりが、丁度そこをお二人が通られたので、一緒に入って頂きました。

 ラッキーでした。

となると、この人も載せたいです。津クィーン現役と、OGのお二人、姉妹のように良く似ています。

 

 

H28,10,23(日)

 本山、妙心寺に  「 団体参拝 」 で行ってきました。 

  加太、板屋の浄専寺住職様に兼務していただき、お世話になっている三ヶ寺と、浄専寺の計四ヶ寺合同で、バスに50人が乗って、本山 「 妙心寺 」 に、団体参拝に行ってきました。

 新名神を通って行ったので、あの高架橋を通った訳です。

 帰りには、渋滞に巻き込まれる寸前で、東名阪に出ることができました。

 

 「 京都御所 」 も見学予定に入っていましたが、丁度この日に天皇・皇后両陛下がお見えになるとのことで、 入場規制となり、「 ねね 」 のお墓のある 「 高台寺 」 に行ってきました。

 帰りのバスの中で、詩と写真と唄による 「 亀山めぐり 」 と云うことで、 「 亀山めぐり唄 」 ( 含む踊り ) のDVDを見て頂き、大きな拍手を頂きました。

 加太地域の詩が、まだ出来ていないので、勉強のための資料のご提供をお願いし、お別れしました。

 

 

h28,,10,12(水)

 

 宗英寺境内、西国三十三番、地蔵尊祠(ほこら)老朽化のため、修理につき仮移設をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

H28,10,6(木)

 久々の好天で、かねてから写真を撮りたかった所、3か所へ車を走らせました。

 まず1か所目は、東名阪の鈴鹿インターチェンジと新名神ジャンクションの間にある 「 道路案内標識 」 の写せる所で、この標識は、写真でおわかりのように亀山が交通の要衝であることも、示しております。

 さらに、もう一か所は、新名神の亀山ジャンクションの見えるフラワーロード ( ドーロ ? ) の跨道橋 です。

 そこに着いた時、上り線が渋滞を引き起こしておりました。

 3か所目は、上の写真が示すように、「 慢性的渋滞、日本一 」 を解消するための、新名神 と 伊勢湾岸道路 をつなぐ工事現場です。

 そして、天気が良いので、ここまで来たら久しぶりに野登山に登ってみたくなり、登りました。

 山からの見晴らしは、少し靄がかかっていて、遠くまでは見られませんでした。

 見晴らしポイントの家の方に行ったところ、無償ボランティアで道路整備や自然保護活動等をしておられるお方に出会いました。

 話を聞けば、野生の鹿と仲良くなって、スキンシップをしながら写した超接近写真等もあるとのことで、見せていただきました。

 しかし、鹿の食害のため、天然記念物 「 ぶなの原生林 」 も徐々に衰退してきているし、同じく天然記念物の 「 笹 」はすでに無くなってしまった、と言っておられ、自然界の調和のとれたバランスが崩れつつあることに、心を痛めておられました。

 「 モーターグライダー乗り 」でもあるとのことで、さしずめ「空飛ぶ仙人」と言えるお方です。 

 ホームページ 「 との飛んで山紀行 」 ご覧ください

 この花の名前も教えて頂きました。

 「 と○○○と 」といいます。

   ( 空飛ぶ仙人が九州の出身だから、ナマッテいるのではなく )

  おそらく鹿・猪・猿の食害には遭わない植物と思われます

 

 

H28,10,3(月)  

 NHK朝の連続テレビ小説 「 べっぴんさん 」 が今日から始まりました。

 出だしに昭和20年(1945年)という文字が出ました。 小生の生まれた年であり、赤ん坊をおんぶしたお母さんの姿が出てきて、自分の生れたばかりの時の姿を写してくれている様な思いがしました。

 伊勢市で空襲に遭い、鳥羽市で借家住まいの時、小生が生まれ、国鉄職員の父は上司の温情で、鉄道官舎の有る亀山に転勤をさせて頂いた模様です。( 家財道具もなく、引っ越しは楽だったとのことです )

 終戦直後の食糧難の時、子供5人を養いながら暮らしていくには、誰もが同じだったと思いますが、並大抵ではなかったと思います。( 小生は赤ん坊だったので、その苦労は全く知らずに成長しました )

 ある人の紹介で、両親は今の太岡寺町道野の雑木林を開墾して、畑にし、作物を作り家族の食料を確保してくれたのです。

 小生が小学校に入るまで、仕事前の早朝暗いうちから、仕事後には暗くなるまで、4キロの道のりを通い続けたとのことでした。

 その時、畑の近くで、なにかとお世話下さったのが、のちに亀山市の市会議員になられた小坂巧さんご家族でした。

 サトウキビから砂糖を作ることも、されておられたので、姉はそこで働かせても、もらったとのことです。

 

 そして月日は流れ、お付き合いもなくなり、小生の両親も他界し、お世話になった頃から数えて60年後の今年、小生の 「 亀山めぐり唄 」に和太鼓の演奏を付けてくれる「 まほろばチーム 」とのご縁ができ、そのメンバーのお一人が、奇しくも、小坂様御一統の方で、現在自治会長をされており、落針公民館での 「 井戸端お楽しみ会 」 にて 「 亀山めぐり唄 」 演奏披露の機会を与えて下さいました。

 その時、太鼓演奏も、お願いをしましたところ、こころよく引き受けてくださいました。

 演奏前に、終戦後の食糧難の時に落針地区の方々にお世話になったことを、集まった皆さんに、話そうとしましたが、涙で声が詰まって、うまく話せませんでした。

 

 その後、小坂さんには2箇所のイベントでも太鼓演奏をお願いし、今では「 亀山めぐり唄 」演奏には無くてはならないお方となっています。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

H28,9,30(金) 和太鼓「 まほろばチーム 」が 「 関宿街道まつり 」に「 バリアフリータウン( 手作り甲冑隊 )」の仲間として出場するとのことで、和太鼓演奏の行進をするに当たり、まほろばチームの紹介として、ご指導いただいている「 的場 凛 」先生のお名前も入れさせていただきました。

 

 

H28,9,28(水) 「天神・和賀地区まちづくり協議会」の敬老会にもお招きいただきました。

 平日のため、子供の出演はできず、太鼓奏者・小坂一さんと小生の2人だけで演奏・歌唱をしました。

 CDカラオケは使わず、生演奏の迫力をご堪能いただけたものと思っています。

 歌詞カードも配りましたので、皆さん歌の文句をよくかみしめて、声も出して頂き、6番までお付き合いしてくださいました。

 ( 小坂一さんは、「 天神・和賀地区まちづくり協議会 」発足に際し、コミュニティーセンター玄関の看板を作って下さった方でもあります )

 

 

H28,9,22(月) 発足後間もなく、建物も新しい 「 関南部地区まちづくり協議会 」から、「 亀山めぐり唄 」普及グループに、 敬老会への出演要請があり、行ってきました。

 プロジェクターによる写真投影にて、自分より先輩の方々に、ではありますが、「 ふるさと再発見 」のための、「 時空を超えた、亀山めぐり 」 をして頂きました。

 用意した写真は、130枚で、30分間では、その半分しか紹介できませんでした。

 

 そして、今回初めての試みで、CD伴奏なしの 「 シンプルな生演奏 」で、歌を唄いました。

 「 太鼓 」 と、子供たちの持つ 「 マラカス 」 と、小生の持つ 「 Kazoo 」 の3種類の伴奏で、今までにない、心の奥にお届けする演奏ができたものと、自分では思っています。

 

 

H28,9,10(土)

 小生、堀田建設(株)に、15年間お世話になり、退職後5年経ちましたが、このたび設立60周年記念行事と、本社新社屋完成内覧会にお招きをいただき、懐かしい皆さんとの歓談と、小生が退職後に堀田建設グループに入社した方々との交歓もすることができ、楽しいひと時を過ごさせていただきました。

 JR貨物(株)を50歳で退職し、堀田建設(株)に、15年間雇っていただきました。

 仕事は、日々飽きの来ないバラエティーに富んだ仕事でした。

 18歳の時から22年間亀山を離れていましたが、50歳からの堀田建設の仕事で、市内各地に行くことができ、この時に「ふるさと亀山の再発見」をした訳です。

 そして、退職後「 亀山めぐり唄 」の詩を書き、お寺の総代役員になった時に、作曲の原 正美先生と出会うことができました。

 この歌のお陰で、おそらく出会ってお話をする機会は無いであろうというような様々な方々と、ふれあうことができ、デジカメ・パソコン・インターネットの使用も出来るようになりました。

 そして、子供さん方とは、ご縁のない自分と思っていましたが、この歌のお陰で、子供さん方と気楽に話せる機会もでき、人生の晩年の過ごし方としては、人もうらやむものと、なっています。

 

 振り返ってみれば、子供の頃、両親の故郷「答志島」の迫力ある盆踊りに感動したことに始まり、亀高を卒業して大阪の繊維問屋「オーミヤ(株)」に勤めている時、「中の島公園」での盆踊り大会で、「江州音頭」に衝撃を受け、その後、国鉄職員時代の独身寮では、各自それぞれ故郷の歌に誇りを持って歌う姿に衝撃を受け、そして堀田建設の仕事の中で「ふるさと再発見」をし、カラオケ屋では小生の替え歌を真剣に聞いてくれる人に出会って創作意欲を掻き立てられ、お寺の総代長になって作曲の先生と出会うという、まさしく「 亀山めぐり唄 」を作るために、これまでの人生が有ったと言っても過言ではないような自分を、分析している今日この頃です。

 

 子供の頃にラジオから流れて来た「落語」を娯楽としていたことから、落語が大好きで、小生の書く詩は、駄洒落を多く取り入れています。

 駄洒落を軽蔑する人もいますが、いにしえの高貴な方々の詩は「掛け言葉の無い詩は詩ではない 」とまで言われていたこともあり、誇りを持っておやじギャグを取り入れています。

 全国的な盆踊りの定番曲「三池炭坑節」の唄の文句は、実にユーモアがあり、好きです。

 盆踊りに関心を持つようになって、亀山の地区ごとに行われている盆踊りを拝見し( 特に、お寺で行われている「盆踊り」ですが )亡くなった人の「 慰霊供養 」と、初盆家のご遺族を皆んなで「 陽気に慰める 」意味合いをもっているのかな、ということを感じ、盆踊りの「 原点 」を垣間見たような気分になりました。

 陽気な中に、哀愁を感じる所があるのは、そのためでしょうか?

 さらにさらに、盆踊りは老若男女が集い、人と人との出会いの場を提供する役割をもっています

 まだまだ、これからも勉強になりそうな盆踊りテーマです。

 

 

H28,8,25(木)

 同窓会「写真集」「メッセージ集」を送った人からお礼の手紙を頂きました。

 喜んでいただけて、こちらも嬉しいです。

また良い話がありましたら、メールで教えてください。

 

「 はい、お判り頂き、光栄です 」

女性の同級生から「 濱崎君 」と言われると、いくつになっても嬉しいものですネ。

 

 お忙しいのに、お手紙をくださり、ありがとうございます。

頑張っておられるご様子に感動し、ふるさと亀山から応援しています。

 

 亀中の図工(西森先生)の時に、「 男女、相い対面して、お互いの顔を描く 」という、授業がありました。

 その時、運よく、あなた様と相い対面することができ、顔をじっくりと見つめることができて、嬉しくて気合いが入ったのを覚えています。

  

 ついつい、インターネットであるにもかかわらず、名前の「 呼び名 」を書きそうになります。

 前々回の同窓会でお会いした時、貫禄が付いていて、「 人生の荒波を乗り越えてこられたのだなあ 」とつくづく感じたのを覚えています。

 

「 和味庵 」で、またお会いしましょう。

 

 今度いつお会いできるかわかりませんが、お互いに元気でいたいものです。

 時々このホームページを覘いてみて下さい。

 

 

 H28,8,23(火)  改造楽器を作りました。

 先日、トランペットのラッパの部分にKazoo を付けたものを紹介しましたが、やはり外観からイメージする音色と、発する音色とが、かけ離れているので、ラッパの部分を竹筒に変えました。

 そしたら、外観のイメージどおりの音色と成り、大きな音も出すことができます。

 音質は雅楽の「 笙(しょう)の笛 」に似ており、小生がスラスラと吹くのを見せたら、おそらく多くの人が驚くに違いありません。

 「 亀山めぐり唄 」のイントロと、間奏と、エンディングで使おうと思っています。

 

H28,8,21(日) さらに奮発して、購入しました。

ライブ用楽器類(締め太鼓・リズム音発生スピーカー・拍子木等)

 CDと生演奏との共演は、上手くいかない。

 それはCDの音が、演奏者に聞こえなくて、リズムに狂いが生じてくるからです。

 シンプルな生演奏と、歌と、踊りでライブをやることが、より感動を与えられる。

 その体験を、2回連続で味わいました。

 CDは、イベントの雰囲気を盛り上げるBGMとして使います。

 ライブは、CDを使わず生演奏と歌( 含む、囃子言葉 )と、踊り、行く方向性で、作曲の先生にも承認許可を頂きました。

 

 

H,28,8,18(木) キリギリス(雌)の頑張り

 誰に教わることもなく、手足に唾液を付けて、滑らないようにして、手掛かりのない垂直のカラー鋼板を登っています。

 

 

 

H28,8,17(水)

 オリンピック、女子テコンドーの選手や、NHKアナウンサーの中にも、「 」( はま ) の字を使う人がいて、嬉しく思っています。

 小生も意識して、「 」の字を使っています。

 その理由は、市役所に届けてある文字であることと、「 」はサンズイヘンに、来賓の「 」( ひん )と書きますが、「  」はサンズイヘンに、兵隊の「 」と書きます。

 賓客のが、兵隊のに変わったことが、「 トロイの木馬 」に似ていて嫌な感じがします。

 この文字の改正は、「 いつから?、なぜ? 、だれが? 」ということを知りたいです。

 「 横浜 」も、昔は「 横濱 」と書いていたものを、「 横浜 」と書くようになり、最近はまた「 横濱 」と書くように戻りつつあります。

 

 

H28,8,9(火)夏休みの宿題をする小学生

 宗英寺( そうえいじ )のシンボル、銀杏の木の幹回りを、夏休みの宿題で、「 計測させてほしい  」という、子供さんと、おばあちゃんコンビがみえました。

 木の周りには、ロープ柵がしてありますが、「 そういうことでしたら、入っても構いません 」と、許可をしました。

 「 写真を撮って送ってあげよう 」と、住所を聞いたところ、なんとなんと、小生が小学一年生の時によく遊んだ、同級生の女の子( 今は、名古屋市在住 )の弟さんのお家の子(孫)で、驚きました。

   まるで、待ち合わせをしたかのような、絶妙の出会いでした。

 

小生が子供のころは、今のように「クーラー」というものは無く、大相撲名古屋場所でも、「 大きな氷柱 」や「 酸素ボンベの開栓 」で、気休め的な涼をとった時代でした。  

 その時代に、有り難い無料の「 天然クーラー 」の有る所が、この銀杏の木の下でした。

 高学年の子ならば、これを自由研究してみるのも、良いのではないかと思います。

 このお寺には、自由研究のネタは、たくさんありますよ。

 

 下の写真は昭和12年に、三重県の天然記念物に指定・登録された当時の写真資料。

昭和13年4月10日撮影。 新芽がちらほらと吹き始めた時期の宗英寺の銀杏の木。

手前は桑畑。 桑の葉は、蚕(かいこ)の餌でした。

( 大淀の松は、宗英寺とは別の所の天然記念物ですので、写真は省略しました )

 

 

 

H28,8,7(日)ライバル同士はこれでなくっちゃ( 萩野公介 ・ 瀬戸大也 )

      ( これぞ、ライバル関係のお手本

   ややもすると、自分自身を磨こうとせず「 相手の足を引っ張ってやろう 」とか「 相手の、やる気を削いでやろう 」と思うのが、ゲスイ(下粋)人間というか、ブスイ(不粋)な人間の考えることです。

 よいお手本を示してくれました。

 

 余談ですが

  「 ゲスの勘(かん)ぐり 」のゲスの語源は、「 下粋 」からだと思われますし、俗に言う「 ブス 」の語源は、「 不粋 」という内面的なものを指していたものではないかと、自分なりに考えています。

 ( いつの間にか、表面的なものに限定して使われるようになっていますが )

 「 ブス 」という言葉は、使いたくない言葉ですが、「 不粋 」は、必要な時には使います。

 

H28,8,7(日) リズム用ホイッスルとして購入しましたが・・・。

Kazooという楽器です。

 

 ただ単なるホイッスルと思い買いましたが、いくら吹いても音が出ません。

 

 いろいろ吹き方を変えて試してみましたところ、自分の声に反応して音が出ることに気付きました。

 

 構造は単純であり、声を音に変える道具と言えば、解りやすいかと思います。

 

 リード楽器( サクソホーン等 )のリードに似ていると思い、自分が20才代に吹いたことのあるトランペットが、何故か捨てずに残してあったので、このKazooとラッパの部分を連結して、独自の楽器を作りました。

 

  下の写真は、トランペットの解体と、Kazooとの連結写真です。 

   実にシンプルで、音の急発進、急停止のテクニックだけ練習すれば、歌える曲ならば、すぐに演奏できます。( 音域も、自分の声と同じです )

  左手で「 自撮り 」しました。自撮り初体験。自撮りという言葉を使うのも初体験。

Wordで「 じどり 」を変換しても「 地鶏 」しか出てきません。

 

 

H28,8,4(木) クマ蝉が、いつの間にかズボンのすそに留まって、家の中まで付いてきました。

 

「 クマ蝉が 部屋の中じゅう 飛びまわり  留まったところは この手ぬぐい

                                                                      理由はなぜか? はなし菊丸